プロジェクトについて
「スマートフォンとスマートエイジングの人類学」は、UCL人類学部を拠点とした多地点での調査研究プロジェクトです。当プロジェクトは欧州連合(EU)の「ホライズン2020」プログラムに採択され、主に欧州研究評議会(ERC)より助成を受けています(助成金採択No.740472)。
調査研究は人類学者を中心とした11人の研究者からなるチームで行われ、アル=クドゥス(東エルサレム)、ブラジル、カメルーン、チリ、中国、アイルランド、イタリア、日本、そしてウガンダでそれぞれ16か月におよぶフィールドワークを行いました。2017年10月のプロジェクト立ち上げから、2018年2月~2019年6月にかけてフィールドワークが実施されました。これまで5年におよぶこの共同研究プロジェクトでは、比較分析の観点からみるスマートフォンが世界各地のミドル世代(若者でも高齢者でもないと感じている世代)に与える影響に基づき、ヘルスケア分野におけるスマートフォンの使用について考察しています。
「スマートフォンと高齢化」シリーズは英語版が第3巻まで出版されています。日本語版の「グローバル・スマートフォン」は2021年末頃に出版予定です。
英語版については、UCL Pressのウェブサイトよりダウンロード可能です。
下からのSMART
当プロジェクトでは「下からのSMART」というアプローチを採用しています。私たちは、高齢化や健康、社会関係などの諸課題に対して、スマートフォンによって独創的かつ巧妙な解決策を生み出しているのはしばしば一般の人々であると考えています。そのため、トップダウンの解決策に注目するのではなく、スマートフォンを実際に使用している人々を観察し、その観察から学んだものを互いに照らし合わせ、分析しようとしています。さらに、このアプローチで得られた研究成果を広く公表しようと努めています。
人類学的発見からその先へ
研究の成果については、2021年5月6日出版の最初の3巻を含めて、全11巻を出版予定です。これらはすべてオープンアクセスで、UCL Pressのウェブサイトより無料でダウンロードできます。比較研究の視点による「グローバル・スマートフォン」は、私たちがフィールドワークを行った調査地で話されているすべての言語に翻訳される予定です。同時に、YouTubeの公式チャンネルにて調査地で撮影された動画を公開し、またブログも引き続き更新しています。
2021年5月10日には、当プロジェクトでの研究成果を元にMOOC(無料のオンライン大学講義)を開設します。当コースはFuturelearnにて開設されます――コースのページへはこちらをクリック
当コースを他言語へ翻訳されたい方は、alex.clegg@ucl.ac.uk または d.miller@ucl.ac.ukまでご連絡ください。
スマートフォン
スマートフォンとは何か、そしてスマートフォンが利用者にどのような影響を与えているか、私たちはエスノグラフィーから独自の理解を導き出しました。私たちの研究では、スマートフォンは単に便利なデバイスというよりも、私たちの生活の場そのものであると考え、スマートフォンを「持ち運ぶ家(Transportal Home)」と呼んでいます。
「スマート(Smart)」/「フォン(Phone)」というふたつの単語は、スマートフォンを真に理解する上で誤った認識を招いているのではないでしょうか。「スマート」ということばは、アルゴリズムやAI(人工知能)といったユーザー情報を学習する機能の使用に焦点があります。しかしより重要なのは、使用者がデバイスに対して行う限りない変更に対して、スマートフォンは対応可能であるという点です。この順応性によりスマートフォンは、かつてないほど使用者との親和性が高いデバイスとなっており、私たちはこれを「ヒト型の超越(Beyond Anthropomorphism)」と呼んでいます。つまり、スマートフォンはより広範な文化的価値観を体現することができるのです。もはや電話をかけるという使い方はマイナーな機能に過ぎないのです。
さらに、スマートフォンは「近接性なき世界(Death of Proximity)」をもたらしています。目の前にいる人が実際にはスマートフォンという「持ち運ぶ家」に帰ってしまっているのです。私たちと世界との関わり方もまた、スマートフォンがもたらす「絶え間なき機会主義(Perpetual Opportunism)」によって変化しています。私たちの研究によると、スマートフォンの使い方は単なるアプリの累積というよりも、タスク指向的であると考えられます。たとえば、新型コロナウイルスが流行する中、スマートフォンはケアと監視の両方面で潜在的可能性があることがわかりました。一方で、各国が活用する感染者の追跡調査技術に対する反応は世界各地で異なります。なぜなら、ケアと監視の境界は技術的というより文化的な問題だからです。これらはすべて私たちの著作『グローバル・スマートフォン』内で探求しており、また、MOOC「スマートフォンの人類学」や、当サイトの研究成果ページでも見ることができます。
スマートエイジング
私たちの比較研究では、世界各地の人々の「老い」に関する経験に注目すべき差があることが顕著になっています。パレスチナでは、年功序列の文化が今も保たれており、年齢によって服装やふるまいが変わります。一方、サンパウロやダブリンといった調査地では、年齢による外見上の差異は文化的にあまり見られません。人々は60代、70代、80代、さらには90代になっても、自身が予想していたほどには年老いていないと感じています。つまり、年老いたという感覚を現在構成しているのは、生物学的な年齢ではなく、「もろさ」、弱くなってきているという体感なのです。
退職をめぐっても同じく大きな違いがあります。ウガンダのカンパラでは、定年後は生まれ故郷に帰りたいと望む人が多いでしょう。一方、チリのサンティアゴで私たちが調査したペルー人移民達は退職することを想像すらできません。上海では、文化大革命の時代に育った世代にとって、定年退職が失われた青春を取り戻す機会となっています。サンパウロの人々は引退後も仕事によって得たアイデンティティを維持しようとする一方、ダブリンの人々にとっては逆に、退職は仕事の中の自分と縁を切るチャンスであり、自分自身の人生を手作りするミッションを開始する機会となっています。日本では、田舎から都会、都会から田舎と交差する人の移動により、複雑な世代間の課題が生まれています。人によっては働いている期間と定年後の期間がほぼ同じ長さになりうることを考えれば、これらの課題の重要性は増していると言えます。
最初のうちは、高齢者が使い方を学習するのに苦労するために、スマートフォンは一時的には世代間のデジタル格差を悪化させるかもしれません(研究チームのうち何名かはスマートフォンの使い方講座を開いています。詳細はこちら、こちら、またはこちらから)。しかし、一旦スマートフォンを使いこなせるようになると、むしろ反対に高齢者がより若々しく感じられるような活動に参加する後押しとなり得ます。
モバイルヘルス
私たちは当初、エスノグラフィーを利用してモバイルヘルスの推進に貢献したいと考えていました。しかし、プロジェクト開始から数か月のうちに私たちは全く異なる方向へと舵を切ることとなりました。高齢者は健康管理に特化したアプリの使用を避ける傾向にあり、むしろ使い慣れた別のアプリを健康関連の目的で活用していることがわかったのです。たとえば日本ではLINE、中国ではWeChat、その他の調査地ではWhatsAppといったメッセージアプリが使われています。
同時に、私たちはオンラインでアクセスできる健康情報の有無が個人にもたらす影響について調査しました。ヤウンデではこうした情報にはYouTubeを通じてアクセスしています。一方、ダブリンの人々がどのようにGoogleを使用しているかという研究では、オンライン保健情報へのアクセスの有無がいかに階級格差をより深刻化しているかが明らかとなりました。カンパラでは、モバイルマネーが健康支援の鍵となっています。なぜなら、モバイルマネーが保健関連の送金に広く使われているからです。
これらの観察から得られた情報が私たちの「下からのSMART」というアプローチをさらに強調しています。私たちのエスノグラフィーがどのように実践に応用されているのか、こちらから例を見ることができます。リンク先ではMarilia DuqueによるヘルスケアシステムでのWhatsAppの利用可能性に関する詳細なマニュアルをご覧いただけます。
調査地
チーム
チームのほとんどは、UCLに拠点を置き、5年間の欧州研究評議会(ERC)の上級助成金を拠出しています。チームには博士課程の学生、ポスドクとフルタイムの教職員が含まれています。このプロジェクトには、他のUCL学部、機関、資金調達源との協力も含まれています。